みなさんこんにちわ、ここなです。
今回の記事は「煉獄家の謎」についてです。
概要
煉獄家の謎。
ずっと私の中で、気になっていた事がいくつかありました。
今回それを、何となく自分の中で納得のいく解釈ができたので、そちらを共有させていただきます。
まだちょっと情報が足りないので、ハッキリとは断言できませんが、色々と考えていきたいと思います。
槇寿郎がどうしてコンプレックスを抱いていたのか。
無惨と対峙した縁壱との会話で、どうして当時の炎柱が自信をなくしてしまったのか。
そして、どうして炎柱だけ、戦国時代から容姿が変わっていないのか。
今回の考察はそのあたりの事に関してです。
まずは、コンプレックスの部分について、考えていきたいと思います。
コンプレックス
煉獄槇寿郎が、日の呼吸に対しコンプレックスを抱いていたこと。
私の中での結論としては、煉獄家は痣が出なかった事と、刀を赤く出来なかった事が、関係しているのではないかと予想しています。
もしかしたら、透き通る世界も関係しているかもしれません。
まずは痣について。
煉獄家は、痣が発現しない家系だったという考察です。
どうして私がこう思ったかというと「炎柱だけ代々容姿が変わらない」という事が関係してきます。
炎柱の血は、容姿を見る限り縁壱のいた戦国時代から、ずっと絶えずに杏寿郎の時代まで続いています。
という事は「戦国時代の炎柱は、痣者になっていなかった」という事が考えられます。
痣者になっていたのであれば若いうちに死亡し、煉獄家の血が絶えていた可能性が高いからです。
ただ、当時の炎柱が痣者になる前に子供を産んでいたのであれば、炎柱の書で炎の呼吸を継承していった可能性はあります。
なので、当時の炎柱に痣が出ていたかどうかについては、ハッキリと言えない部分があります。
でも縁壱が無惨と戦った後も、当時の炎柱は普通に生きており、顔を見る限り痣は出ていません。
体に痣があったとも考えられますが、そこまで生きている時点で、痣は出ていなかった可能性が高めです。
というのも、黒死牟こと厳勝が鬼になったのは、大体このあたりだと推測できるからです。
厳勝が鬼になったのは、痣による死を免れるためでもありました。
厳勝が人間の頃に、痣者がバタバタと倒れていったという事実。
それ以降も、当時の炎柱が生きていたという事を考えると「当時の炎柱には痣が出ていなかった」という可能性が濃厚です。
そして、煉獄家のもう一つのコンプレックスの元。
煉獄家は、刀を赤く出来なかったのではないか。
次はそちらを考えてみましょう。
赫刀
皆さんご存じのとおり、炎柱であった杏寿郎の刀は、赤い刀でした。
赫刀といえば赫刀。
でも、縁壱の赫刀とは性質が違ったと言えるでしょう。
猗窩座との戦いでは、縁壱や無一郎の赫刀のような効果は、見られなかったからです。
私はここも、槇寿郎や煉獄家が、コンプレックスを抱く元となったのではないかと考えています。
そして、これは痣とセットであると考えています。
というのも、杏寿郎と猗窩座の戦いを振り返った際、気になる場面があったからです。
それは、母の瑠火との回想のあと、杏寿郎が刀を強く握るシーンです。
これは、小芭内が189話で言った「万力の握力」そのものと言えるでしょう。
小芭内は赫刀を顕現させる条件を、死の淵に立たされる事と、万力の握力を刀に加える事と分析していました。
杏寿郎は、猗窩座との戦いで死の淵に立たされ、さらに万力の握力で刀を強く握りしめています。
これは、杏寿郎が赫刀を顕現させてもおかしくはない場面です。
物語的にないと言われればそれまでなのですが、条件としてはこれ以上にない条件です。
杏寿郎の握力は、腕相撲ランキングから察するに、柱の中でも3番目に位置します。
小芭内は8番目。
同じく赫刀にできた無一郎は、7番目です。
そんな握力の小芭内と無一郎ですら、赫刀を顕現できたのです。
2人より遙かに握力の強い杏寿郎が、赫刀を顕現できなかったのには違和感があります。
どうして杏寿郎は、真の赫刀を顕現することが出来なかったのか。
これは私の予想ではありますが、煉獄家は痣が発現しないという事が、関係しているような気がしています。
赫刀にできた小芭内も無一郎も、痣を発現していたからです。
痣が出なければ、真の赫刀も顕現することが出来ず、それが代々煉獄家のコンプレックスに繋がっていった。
そういう事なのではないでしょうか。
あくまでも後付けの予想ではありますが、杏寿郎と猗窩座の戦いの頃から、今の小芭内の赫刀顕現まで繋がっていたとするなら…
これはこれで面白いと思います。
そして次は、縁壱と当時の炎柱の会話について、考えてみたいと思います。
自信
当時の炎柱は、縁壱が無惨と対峙したときの話を聞き、自信をなくしてしまったとありました。
ここには、いくつかの予想が立てられています。
まず単純に、縁壱でも倒せなかった相手を、当時の炎柱は絶対に倒せないと確信したという予想。
無惨と対峙したとき縁壱は、赫刀と十三番目の型を使い、無惨をあと一歩のところまで追い詰めています。
そして無惨は、ポップコーンとなり破裂。
その飛び散ったポップコーンの数は、1,800にも上ります。
これを、1,500と少し斬り捨てた縁壱。
それを聞いた当時の炎柱は、とても自分には出来ることではないと、自信をなくしてしまった。
そういった予想です。
ここにもやはり、当時の炎柱に痣が出ていなかった事と、赫刀を顕現できないという事が、関係していたのかもしれません。
そして次の予想は、縁壱が透き通る世界で炎柱の体をのぞき見し、お前では勝てないからやめておいたほうがいいと、忠告したという予想。
縁壱と当時の炎柱は、それなりに仲が良かったと推測できます。
うたが亡くなった時も一緒に弔ったり、他の柱に非難されているところを、仲裁に入ったり。
このことから、縁壱が炎柱に忠告したのは、炎柱の事を考えてのものだったと思います。
炎柱に死んでほしくないため、炎柱の体の仕組みをあえて忠告し、無惨と戦わせないようにした。
そういう事なのかもしれません。
ただ、当時の炎柱はそれを誤解し、ひねくれた方向で縁壱の言葉をとらえてしまった。
なので、それが後生の炎柱に伝わっていき、槇寿郎の代ではコンプレックスを持ってしまっていた。
そういう流れになるのかもしれません。
でも、縁壱といた当時の炎柱が、そんなにひねくれていたのかどうか。
そこは少し疑問です。
私の予想では、代々話が受け継がれる中で、段々と話が曲がっていったのではないかと、そう考えています。
容姿
最後に少しだけ、炎柱の容姿について触れておきたいと思います。
戦国時代から少しも変わっていない、煉獄家の容姿。
先程も触れましたが、煉獄家は戦国時代から絶えず、炎柱の家として活躍してきました。
これはこれで凄いことです。
思えば他の柱に関しては、代々同じ家で柱を受け継いできた者はいません。
他の柱はたくさん戦死してきたでしょうし、炎柱だけ生き残ってこれたのも凄いことです。
槇寿郎はコンプレックスを抱いていましたが、炎柱の家系を絶やさなかった事は、煉獄家として十分誇れる事です。
今は槇寿郎と千寿郎だけになってしまいましたが、千寿郎の子供がまた、次の炎柱になればいいことです。
千寿郎の子供に、槇寿郎が剣術を教える。
とてもいい絵ですよね。
そして新しい炎柱に、炭治郎が杏寿郎の鍔を渡すような。
そんな展開素敵です。
まとめ的なもの
今回私の中で、ある程度のまとめが出来ました。
煉獄家は戦国時代に痣を発現することがなく、赫刀も顕現できなかった。
それを知っていた縁壱は、あえて当時の炎柱にそれを忠告。
縁壱は炎柱のためを想って言ったのだけど、当時の炎柱はそれを良く思わなかった。
もしくは、代々話が受け継がれる中で、話が曲がって伝わっていった。
そのことで槇寿郎は、自分の家の事をコンプレックスに感じてしまっていた。
こんな感じです。
炎柱の刀も赤、縁壱の刀も赤。
優れているのは縁壱のほうの赫刀。
そのこともやっぱり、煉獄家のコンプレックスに繋がっていたのかも。
あと、炎柱が火の呼吸と名乗れなかった事も、関係してくるとは思います。
なんかもしかしたら、映画でこの辺りの謎も語られるのかな?
アニメ勢の方にばれないように、何かしらの伏線が張られるかも。
そこも要チェックですね。
ということで、今回の記事は以上です♪
それではまた♪
ここなの余談
最後まで見てくれてありがとうございます。
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今はそこまで再生回数も多くはありませんが、それなりに利用価値はあると思います。
ちなみに、報酬というものを出してまでとは考えていません。
あくまでも、自身のビジネスに私のチャンネルを使って人を流入させる意味で、考えてください。
よろしければお待ちしております♪
それではまた♪