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鬼滅で一番泣けるかも
みなさんこんばんは。今回は猗窩座に続き「狛治」についてまとめてみました。まず、狛治について詳しく見ていく前に「これだけは最初に言っておきたい」という部分があります。それは「強さ」について。
煉獄杏寿郎の母、煉獄瑠火は言っていました。
「弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務」
そして杏寿郎は、その責務を全うしました。実はこの煉獄家の強さに対する価値観は、猗窩座にもつながっていたこと。猗窩座も、強く生まれた者の責務を背負っていました。それは病弱な父を守るための強さであり、恋雪を守るための強さにもなった。
猗窩座は言っていました。
「強くならなければ、盗んだ財布を持って逃げることもできないし、強くならなければ、返り討ちに遭っても勝てない」
「強くならなければ、奉行所に捕まって刑罰を喰らう」
こういった少し曲がった強さのように感じるものも、すべては人のため。弱き人を守るためのもの。責務を全うした杏寿郎と、責務を全うできなかった狛治。二人が対峙した裏には、実はこういった巡り合わせもあったのではないでしょうか。
環境が全く違う二人。杏寿郎だって一歩間違えれば、猗窩座のようになっていたかもしれない。環境によって人は大きく変わってしまいます。この二人の関係性は、それを表す象徴的なものです。というわけで、狛治について詳しく見ていきましょう。
狛治
狛治の生まれは江戸時代。江戸時代は、1603年から1868年です。猗窩座は鬼になって、100年から200年ほど経っていると考えられるため、大正の1900年頃から遡ると、大体1700年から1800年の間に生まれていると考えることができます。
物語の時系列として最初の登場は、狛治が十一歳の時。盗みを繰り返し、奉行所に捕まった時のことです。刑罰の対象となったのは、スリを働いたことです。
狛治は捕まるたびに、腕にぐるりと線状の入れ墨を入れられており、十一歳の時点で両腕に三本ずつ、計六本の入れ墨を入れられていました。
この、腕に入れ墨を入れるという罰についてですが、これは本当に江戸時代にあった話がモチーフとなっています。
入れ墨の入れ方に、全国統一の決まりというものはありません。ある場所では腕に、ある場所では額にと、その入れ方は様々です。額にバツ印や、犬と入れられた者もいるそうです。
この入れ墨についてですが、これは罪人ということを一目でわかるようにするためのもの。実際に師範の慶蔵も、一目で気づいていましたよね。
そして、狛治が鞭で叩かれていたのも、実際に江戸であった「百敲き」。敲きには、50回叩かれる軽敲きと、100回叩かれる重敲きがあります。
狛治も段々と刑が重くなっていき、最後は重敲き、つまり百敲きの刑を受けていたのではないでしょうか。回数が決められている分、耐えきってしまえば終わるのですが、これはめちゃくちゃ痛いでしょう。
狛治の場合は、骨を折られることもありました。しかし、その痛みを父のために耐え抜き、薬を買うために罪を重ね続けました。
普通なら逃げ出してしまいそうなものですが、これほどまでに打ちのめされてまで父を守ろうとするとは、当時の狛治は杏寿郎にも負けないくらい、強い信念の持ち主だったということが分かります。
父の死
狛治が十一の時、奉行所から解放された直後に、父が自殺したことを聞きます。父は遺書を残しており、そこにはこう書かれていました。
「真っ当に生きろ。まだやり直せる。俺は人様から金品を奪ってまで生き永らえたくない。迷惑をかけて申し訳なかった」
この、一見数少ない言葉からは、父の辛い心情を読み取ることができます。
「真っ当に生きろ。まだやり直せる」というのは、子を思う父としての言葉。
そして「俺は人様から金品を奪ってまで生き永らえたくない」というのは、父としての威厳であり、男としての言葉。そして最後の「迷惑をかけて申し訳なかった」というのは、自分のせいで息子を罪人にしてしまったことに対する言葉。
父だからこそ、ありがとうなどと言葉にすることは決してできず、この遺書に書かれた言葉は、父として最大限出せる言葉を振り絞ったもの。僕はこの父親の気持ち、よくわかります。
自分の息子を罪人にしてまで、苦労をかけてまで、自分だけは生き永らえようとは思えません。息子を止める力がなければ、最後は自分で命を絶つ決断を取らざるを得ないでしょう。狛治はこの後、父の墓を抱きしめこう言いました。
「貧乏人は生きることさえ許されねえのか。親父、こんな世の中は糞くらえだ」
出会い
父の死後、江戸から離れた狛治。これは所払いという、江戸を追放された刑罰によるもの。自暴自棄になっていた狛治は、大人七人相手に喧嘩をしています。そして、その七人全員を倒しています。
その中には、小刀のようなものを抜いている者もおり、囲まれた状況で全員を倒した狛治。やはり狛治は強き者としての武の才を、天から授かっていたのでしょう。
そしてそこに現れたのが、後に狛治の師範となる慶蔵です。慶蔵は素流道場という道場の主で、門下生が一人もいなかったことから、便利屋のような仕事をしていました。
ここに現れたのも、その依頼があったためのようです。そして、大人七人をのした狛治を見てその強さを買い、狛治を道場に勧誘します。
狛治が素直にそれを聞ける状態でもなく、狛治は慶蔵に殴りかかります。慶蔵はそれを素流で迎え撃ち、数発で狛治を気絶させました。
仮にも大人七人を倒した狛治をです。慶蔵は強い。この強さが後に狛治の強さを、更に引き上げることになるのです。そして狛治は目が覚めた時、素流道場にいました。流されるままに慶蔵についていく狛治。
慶蔵の道場には門下生が一人もいません。これは、隣接する剣術道場からの嫌がらせのためです。素流道場は、慶蔵がとある老人を助けたことにより、土地と道場を譲り受け始めたものです。剣術道場の者たちは、それがおもしろくなかったようです。
そして、狛治が素流道場唯一の門下生となります。最初は気乗りしていなかったようですが、慶蔵の「罪人のお前はボコボコにしてやっつけた」という言葉と、病弱な父と重なる恋雪との出会いから、狛治は道場に居座ることを決めます。
介護士
一度は自暴自棄になっていた狛治は、段々と自分の生きる意味というものに気づいていきます。恋雪の介護をしながら、鍛錬を重ねていく。狛治は強くなり家族を守る道を、少しずつ意識するようになります。
狛治が素流道場に来たのは、おそらく15歳の時。そこから3年後に、18歳と言っていたからです。素流道場に来た当初、恋雪は病弱な状態でした。慶蔵から、娘の恋雪の看病を任されていた狛治。父が病弱で看病していたこともあり、狛治の看病は手慣れたもの。
一晩中つきっきりで、額に乗せる手ぬぐいを替えたり、寝間着を替える。そして厠、つまりトイレに行くときも、狛治が抱えて連れて行っていました。
四六時中一緒にいて、さらには寝間着を替えたり、トイレに連れていくため抱えて行ったり。これだけの触れ合いがあったなら、恋雪が狛治に惚れるのも自然な流れです。狛治からすると、そういった気持ちは当時なかったでしょう。
ただただ病弱な恋雪が父と重なり、どうにかしてやりたいという気持ちで、動いていたのだと思います。これは恋愛とはまた違う感情ですが、愛であることには変わりありません。そして狛治が何気なく言った、未来を感じさせる言葉。
「来年も再来年も花火は上がるから」
恋雪は病弱だったため、自分の未来がうまく想像できませんでした。しかし狛治は、それを想像できていた。そういった何気ない会話で、恋雪は救われている部分がありました。
狛治は恋雪が泣くのを面倒だと感じていましたが、恋雪の涙は狛治との何気ない会話による、うれし涙のようなもの。恋雪の病気がよくなっていったのは、実は狛治のこういった看病、そして精神的にも元気づける要素があったから。僕はそう感じました。
事件
狛治が16歳の時、とある事件が起きます。隣の剣術道場の跡取り息子が、恋雪のことを無理やり外に連れ出したのです。跡取り息子は恋雪のことを好いていましたが、乱暴で横柄な性格をしていたため、恋雪の体を一切気遣うことがなかったそうです。
そして無理やり外に連れ出された恋雪は、体を壊し、喘息の発作を起こしてしまいます。それを見た跡取り息子は、あろうことか、苦しんでいる恋雪を見て、その場から逃げてしまったそうです。恋雪を放置したままです。
そして、放置されていた恋雪を狛治が発見。いつも恋雪の看病をしていた狛治ですから、恋雪がいないことに気づき、探し回っていたのでしょう。狛治の発見がもう少し遅ければ、恋雪は死んでしまっていたところでした。
この件で、父の慶蔵は激怒。剣術道場相手に、素流道場として試合を申し込みます。素流道場は、慶蔵と狛治のたった二人。対して剣術道場は、合計で67人以上はいたと思われます。
試合の先鋒は狛治。後ろには慶蔵が控えていました。しかし慶蔵の出番はなく、狛治一人で九人を倒してしまいます。剣術というくらいですから、相手は木刀を持っています。それに対し、素流は素手。これがいかにすごい事かよく分かります。
喧嘩で磨かれた野生の勘と、師範の教えが合わさり、最強の武道家が育っていったのでしょう。年齢差などもありますが、これより強いと思われる慶蔵の強さは一体…
そして狛治と慶蔵は、剣術道場に対し、二度と素流道場と恋雪に近寄らないよう約束させます。それに怒った跡取り息子は、これまたあろうことか、木刀ではなく真剣を振り回し、狛治に斬りかかりました。
そこで狛治は、刀を横から拳で打ち叩き、真っ二つに折りました。これは義勇の刀を折った「鈴割り」という技です。この技は、狛治が最も得意としていた技だそうです。狛治は人間の頃から、刀を持った相手に強かったということです。
鬼殺隊も刀を折られてしまっては、リーチが半減し、かなり弱体化してしまいます。おそらく猗窩座となった後も、鈴割りでバンバン刀を折り、鬼殺隊士を葬ってきたのでしょう。
そしてその技を見た剣術道場の主は、鈴割りのあまりの美しさに感動し、跡取り息子の無礼を詫びた後、素流道場への嫌がらせをやめることになりました。そして、その後数年間は何事もなく、2年の月日が流れます。
結婚
先ほどの事件から2年後、狛治は18歳、恋雪は16歳になりました。恋雪の病状は快復に向かい、この頃には普通の生活ができるようにまでなりました。
そしてある時、師範から道場を継いでほしいと言われます。それはつまり、師範である慶蔵の息子になるということ。そして、恋雪と夫婦になるということ。
狛治は、そんなことを全く想像もしていなかったようです。恋雪に対しての恋愛感情というものも、ここで初めて気づいたような様子でした。
罪人の入れ墨があるということで、まともな未来があるとは思っていなかった。恋雪の未来は容易に想像できたのに、狛治は自分にそれができませんでした。
狛治の人生に光が見え始め、狛治も、嬉しい気持ちと本当にそれでいいのかという気持ちが葛藤する中、二人は花火の下で約束を交わします。
恋雪は病気のことで、未来の自分について考えることができていませんでした。母の自殺も自分のせいだと思い、父の諦めている気持ちにも気づいていた。
でも狛治だけは、狛治にとっては、恋雪が来年も再来年も生きていることが当たり前で、そうであってほしいと願い続けていた。父のようにはなってほしくないと。
この気持ちは、恋雪にしっかりと届いていました。恋雪は、狛治が罪人だからといった小さな理由で、狛治の人間性を見るようなことはなかったと思います。
ただただ、本当に狛治は優しい人間で、ささいな話でナチュラルに、自分を励ましてくれる相手だった。お互いが、自然体でいられる相手だということです。恋雪は「私は狛治さんがいいです」と言い、正式な逆プロポーズ。
「私と夫婦になってくれますか?」
狛治は即答で「はい、俺は誰よりも強くなって、一生あなたを守ります」と言いました。この決意は、通常のプロポーズとはワケが違います。恋雪にとっては、狛治が罪人だということは関係のないことでしょう。
しかし狛治にとっては、そのせいで恋雪や師範に迷惑がいかないよう、誰よりも真っ当に生きる必要があります。誰よりも強くなり、守り続ける必要があります。
師範と恋雪は、罪人でどうにでもなれと思っていた自分を、唯一救ってくれた存在。その人たちと家族になるのです。
この約束は、とても固い約束。だからこそ、この約束の強くなるという部分が、猗窩座になった後も強く残ることとなったのでしょう。
破壊殺
猗窩座の動画で詳しく触れていますが、破壊殺とは凶方位のことです。破壊殺の方向に向かうと、すべての物事がうまくいかなくなります。
狛治はまさに、この破壊殺を経験してしまった一人なのです。なので猗窩座の技の名前にもなったのだと、僕は考察しています。
花火の約束を経て、正式に夫婦になることが決まった二人。そのことを狛治は、父の墓に報告に行きます。
猗窩座が父に言いたかったのは、真っ当に生きれるかもしれないということでしょう。それが子を思う、父の願いでしたから。
狛治は祝言を上げると言っていることから、この時点では、まだ正式に結婚とまではいっていなかった様子。つまり婚約状態。そして、父に祝言の報告をした帰り、狛治を悪夢のような出来事が襲います。
素流道場の前でざわめく人に、狛治は嫌な予感を隠し切れませんでした。そして姿から医者と思われる人物から、最悪の報告を受けます。
「誰かが井戸に毒を入れた」
素流道場に恨みを持った者が、井戸に毒を入れ、慶蔵と狛治を狙ったのです。そしてそれに巻き込まれ、恋雪までが死んでしまうことになった。
毒を入れたのは、隣の剣術道場の者。あの跡取り息子と門下生です。剣術道場の主が亡くなったことで、実権を跡取り息子が握ってしまったことが原因です。
素流道場の向かいに住むおばあさんが、事件の時、素流道場から跡取り息子と門下生が出ていくのを見ています。
「俺は大事な人間が危機に見舞われている時、いつも傍にいない」
花火の下で約束した直後の出来事。毒の入った水を飲んだ後、慶蔵は恋雪を抱えて医師の元へと向かっています。体が弱かった恋雪は、慶蔵に抱えられたまま亡くなり、慶蔵は血を吐きながら医師の元まで走り続けました。
体が人より丈夫だった慶蔵は、医師の元へ到着後も数時間、苦しみ続けたそうです。恋雪を失った精神的な苦しみと、毒による肉体的な苦しみ。慶蔵の最期の苦しみは、想像を絶しています。
狛治は、亡くなった恋雪を抱きかかえ、おそらく人生で最初の号泣をしています。父親の時も、やり切れない気持ちがあったと思います。
しかしそれ以上に、新しい父親と妻になる人を奪われたのは、本当に辛かったと思います。そしてその辛さは限界を超え、いよいよ狛治は、復讐の鬼となります。
復讐
狛治は修羅となりました。修羅は破壊神・鬼神。まさに狛治は、人間にして鬼と同等かそれ以上の強さを手に入れています。
狛治は、犯人特定の証言が出た後、剣術道場に単身乗り込んでいきます。相手は67人。頭部破壊、内臓破壊。およそ人間とは思えないやり方で、67人全員を始末しています。その中には跡取り息子もいました。
頭部破壊というのは、手刀で頸を斬るというもの。内臓破壊は、拳をみぞおちから突き刺すもの。怒りもあったとはいえ、ここまで狛治が強いとは。そう考えると慶蔵という人物は、これ以上の強さを持っていたという事かもしれない。
そして狛治は、帰る家を失い途方にくれます。全身血まみれの状態で、彷徨い歩く狛治。そこに、鬼の情報を聞きつけた鬼舞辻無惨が現れます。
いくら狛治が強いとはいえ、無惨相手では分が悪い。一撃で脳天を貫き、無惨は狛治を鬼にします。新たな十二鬼月誕生です。
この、猗窩座の復讐劇についてですが、人間がやった所業とは思えないほど悲惨な状況だったため、後に奉行所は、これを作り話として廃棄しています。
最期
こうして狛治は猗窩座になりました。人間の頃の記憶をなくし、数百年にも渡り人を殺し続けた猗窩座。そしてその罪を背負うように、体には入れ墨の模様が増えていきました。
そして杏寿郎との死闘を経て、炭治郎と義勇と戦い、最期は自滅することとなりました。猗窩座は、炭治郎に頸を斬られても消滅せず、別の何かに変化するといったところでした。しかしそれを止めたのは、恋雪であり、慶蔵であり、父でもありました。
ここで恋雪が出てきたのは、頸を斬られたことで、無惨の呪いが少し緩んだからではないでしょうか。この機に乗じて、恋雪が迎えに来たのです。
鬼滅の刃の死後の世界では、家族や大事な人が、天国と地獄の分かれ目で待っているといった光景が、よく見られます。猗窩座・狛治の場合は、父・慶蔵・恋雪がそこで待っていました。そして、二人とも狛治の地獄行きに付き合うことに。
猗窩座との勝負を決したのは、炭治郎の拳です。これは、意図して出された拳ではありません。刀を握る握力がなくなり、刀が手からすっぽ抜けそのまま突っ込んだ結果、炭治郎の拳が猗窩座の顔にヒットしたのです。
そしてこの一撃により、猗窩座は最初に慶蔵にボコボコにされた時の、慶蔵の拳を思い出します。あの拳で、狛治は一度生まれ変わりました。そして、もう一つ大事なことを思い出します。
「弱いものが嫌い」
それは、自分の弱さも含まれていたということ。正々堂々戦わない、毒を入れた奴らが弱い。親父の遺言も守れない自分も弱い。自暴自棄になり、師範の大切な素流の教えを血まみれにした自分も弱い。
猗窩座が思う弱者とは、すべて精神的な弱さについてです。これは杏寿郎の言った「強さとは、肉体に対してのみ使う言葉ではない」という部分とリンクします。
猗窩座は鬼になり、人間時代の精神的な弱さを忘れたことで、肉体のみの強さを追い求めてきました。そこを、実は杏寿郎にもつかれていたのですね。
そして、それを思い出させてくれた炭治郎に感謝し、最後は自分に滅式を使います。しかし体は再生していく。そこに現れたのは父。猗窩座はもう、すべてを思い出していました。
「親父、もう平気か?苦しくねぇか」
父は「大丈夫だ狛治、ありがとうなぁ」と返し、遺書には決して書けなかった感謝の言葉を発します。
「ごめん親父、ごめん。俺やり直せなかった。駄目だった」
猗窩座の姿は狛治に変わっていきます。そして、そこに師範である慶蔵の姿が。
「関係ねぇよ。お前がどんな風になろうが、息子は息子。弟子は弟子。死んでも見捨てない。天国には連れて行ってやれねぇが」
実の父と自分を変えてくれた父。このシーンの切り替えは、それを表すいい描写です。そして、師範が見捨てないと言ったのは、天国に連れて行けないけど地獄には付き合ってやると、そういった言葉のようにも思えます。
しかし、再び無惨の意思によって、猗窩座に戻される狛治。猗窩座は再び鬼として、立ち上がろうとします。それほど強い無惨の呪い。しかしそんな呪いより、愛の力は絶大でした。無惨はおよそ知らないと思われる、愛の力です。
「狛治さんありがとう。もういいの」
恋雪にそう言われた猗窩座は、再び狛治に姿を戻し、ごめんごめんと謝りながら、恋雪にしがみつきます。そんな狛治を温かく抱きしめる恋雪。
「約束を何一つ守れなかった。俺を許してくれ」
そう言う狛治に恋雪は「私たちのことを思い出してくれて良かった。元の狛治さんに戻ってくれて良かった。おかえりなさい、あなた」と言いました。
恋雪にとって狛治が謝っているような事を、許す許さないなどと、考えてもいないでしょう。ただただ、狛治に戻ってほしかっただけ。恋雪からしたら、狛治に対して感謝の言葉しかないでしょう。狛治が悪くないことは、よく理解しているはずです。
最後の「あなた」という言葉も、深い言葉です。狛治と恋雪は、まだ正式には結婚していませんでした。夫婦になる前に、恋雪は殺されてしまいました。
そしてここで初めて、夫婦になれたのです。そして猗窩座という鬼は、ようやく消滅することができました。地獄の業火に包まれながら。
まとめ的なもの
いやぁ、今回まとめていく中で、いろんなところで涙を流しました。ちょっとすべては伝わりきらないと思いますが、そこはアニメや映画に期待をしましょう。
今回、狛治という人物をまとめていく中で、なぜここまで涙が流れてしまうのか、ようやく気付きました。それは、狛治の弱さを無償の愛で許してくれる、父や慶蔵、そして恋雪の温かさが、すごく身に染みるからです。
誰しも弱いところがあり、言えない過去というのもあるでしょう。もちろん僕にも、たくさん人に言えないようなことがあります。
そこを肯定はされないのだけど、もういいよ、よく頑張ったと、認められる部分もあるようで、僕は感激してしまうのです。やっぱり猗窩座・狛治の最期はいいですね。
あと、今回漫画の内容に加え、設定こぼれ話というのも参照しています。これは本編に入れると長くなりすぎてしまうため、省かれた部分ではないかと言われています。こぼれ話が長すぎて、作者もびっくりと言っていました。
ということはです。やはりここは丁寧に、オリジナルアニメ?や映画にして、再現してほしいと思ってしまいます。期待してもいいのではないでしょうか。
そして最後はキメツ学園について。18歳で3年の素山狛治と、16歳で1年の素山恋雪。年齢が本編と同じ設定かつ、なんと高校生ながら結婚もしています。
左手薬指には指輪も。家が隣同士の幼馴染で、子供の頃から結婚の約束をしていたそうです。そして親も公認。なんとも、本編での悲しみを吹っ飛ばしてくれるような、盛沢山の設定ですよね。恋雪の父親はもちろん、素山慶蔵になるのでしょう。
二人とも手芸部で、あだ名は姫と狛治殿で呼び合っているそうな。違う形とはいえ、こういった幸せな姿が見れてよかった。
というわけで、今回は狛治についてまとめてみました。ここは本編の中でも、指折りの名シーンですよね。何年後に見られるのでしょうか。楽しみに待ちましょう。ではまた次回の動画で!