テレビアニメ「鬼滅の刃」刀鍛冶の里編7話が放送され、いよいよ次週は時透無一郎の過去が描かれる。時透無一郎の過去では、新キャラクターとして兄の有一郎が登場します。有一郎の声優は誰なのか。無一郎と同じ河西健吾さんが務めるのか。このあたりも注目。
今回は「時透家の秘密」ということで時透家のことをじっくり知っていただきましょう。先取り考察になりますので、ネタバレにはご注意ください。チャンネル登録といいね、共有ボタンを押しちゃってください。では参ろう。
時透家
鬼殺隊の柱の一人、霞柱・時透無一郎の生家。大正時代、無一郎と双子の兄の有一郎、そして父母の4人家族だった。幾つもの不運に見舞われ、物語の始まり時点では無一郎のみが生き残っている。鬼とは無縁の生活を営んでいたが、実は鬼狩りにとって重要な意味を持つ一族だったと判明する。
時透家は大正時代における景信山の、人里離れた山の中で暮らしていた。生業は杣人。木こりである。父の仕事を兄弟二人が手伝い、母も良く働く人だった。アニメのエンディングでは川で魚を獲ったり、杣人の仕事に励む様子が描かれている。とても仲の良い家族だった。
しかし、時透家の母は具合が悪くても働く女性。後に風邪をこじらせて肺炎になる。父は妻のために薬草を採りに出かけたが、嵐の中で足元の悪い中、崖から転落し死亡。その後、母も肺炎の悪化で死亡する。
これは無一郎が10歳の頃の話である。両親が一度に亡くなってしまった時透家。それでも二人は懸命に生き続けた。そんな生活から1年後のこと。時透家にある来訪者が現れる。
剣士の血筋
無一郎が10歳の頃、一人の来訪者が現れる。彼女は産屋敷あまね。お館様こと産屋敷耀哉の御内儀である。あまねは二人に告げる。時透家は日の呼吸の使い手の末裔だと。元は剣士の子孫であり「始まりの呼吸の使い手の末裔」という特別な血筋。
自分が特別な剣士の血筋だと知った無一郎は、人助けのために剣士になりたいと考える。しかし、それに兄の有一郎は猛反対。母は家族を想い、父は母のために死んだ。そのことから有一郎は「人のために」という考え方を完全否定していく。この不和が元になり、ある事件が起きるまで険悪な仲が続いてしまう。
時透家襲撃事件
ある夏の日。熱帯夜の中、鬼が時透家を襲撃する。有一郎は左腕を斬り落とされ重傷。さらに罵声を浴びせる鬼に、無一郎は今までにない激しい怒りを現す。途轍もない咆哮をあげ、鬼と戦う無一郎。ありったけの道具を使い鬼を死にかけの状態にし、さらに頭も叩き潰した。
そうして朝日が昇り鬼は消滅。無一郎はようやく有一郎の元へ。長い時間戦っていた無一郎。兄はかろうじて生きていたものの、出血多量と熱帯夜による影響で風前の灯火状態。
有一郎は「無一郎だけは助けてほしい」と神仏へ祈る。弟は人を想う心優しい子。人の役に立ちたいと言うのを、自分が邪魔をしたからバチが当たった。バチを当てるなら自分だけに。そうして最期に「無一郎の無は無限の無」と言い残しこの世を去った。
無一郎は、兄の最期を看取る。兄に蛆が湧き、自身の体にも蛆が湧き始める。無一郎は本能のままに我を忘れて戦っていたため、負傷による疲労が限界を超えていた。そこに熱帯夜ということもあり、もはや無一郎も長くはない状態。
そこに駆け付けたのが産屋敷。勧誘のためか、無一郎は運が良かった。産屋敷あまねとその子らにより、無一郎はかろうじて一命を取り留める。しかし、死の縁までみた無一郎は危篤状態となってしまう。
両親が一度に亡くなり、さらには鬼に襲われ兄も失くした。10歳からおよそ1年足らずの出来事。不幸が続いたことにより、無一郎はとうとう精神に支障をきたしてしまう。頭の中に霞がかかり、記憶を喪失。そして本当に必要なこと以外はすぐに忘れてしまう。さらには自分の性格すらもよく分からなくなってしまった。
しかし、無一郎は危篤状態から復活し、後に鬼殺隊の柱になる。体が覚えていた。本能が覚えていた。兄を攻撃されたことで、生まれてから一度も感じたことのない怒りが現れた。その怒りだけを原動力に、血反吐を吐くような鍛錬を重ね、無一郎は柱にまで上り詰める。
最期の回想
刀鍛冶の里編で窮地に追い詰められた無一郎は、完全に記憶を覚醒する。そして痣を発現。鉄穴森が打った新しい刀も手に入れたことで、無一郎は最強の状態へと進化した。そして玉壺の攻撃を一発も喰らうことのないまま、上弦を一人で倒してしまうという快挙を成し遂げる。
そして、刀鍛冶の里編以降、柱稽古を経て無限城決戦・黒死牟との戦いへ。熾烈を極めた戦いにより、兄と同じ左腕を失い、加えて左足に胴体も真っ二つにされる。無一郎は死の淵に立たされながら、透き通る世界と赫刀を発現。この赫刀が黒死牟消滅の一端となった。
そして、あまりにも酷い負傷により無一郎は殉職。最期の回想は兄の有一郎との再会でした。有一郎は「こんな所で死んでどうする。無駄死にだ。こんなんじゃ何の為にお前が生まれてきたのか分からない」と言う。
無一郎は生きる意味を知っていた。「僕は、幸せになるために生まれてきたんだ」。「僕は幸せだった、家族四人で暮らしていた時も」。
「一人ぼっちになってから、つらいことや苦しいことがたくさんあったけど、仲間ができて、僕は楽しかった。また笑顔になれた」。「幸せだと思う瞬間が、数えきれない程あったよ」。
「それでも駄目なの?僕は何からも逃げなかったし、目を逸らさなかった」。「仲間のために命をかけたこと、後悔なんてしない」。「無駄死になんて言わないで。他の誰かになら何て言われてもいい」。「でも兄さんだけは、そんな風に言わないでよ」。
有一郎は無一郎に死んでほしくなかった。その気持ちを兄として、涙を流しながら伝えた。有一郎だって本当は分かっている。無一郎は人のために無限の力を出せる弟なのだと。
でもやっぱり、無一郎が死んでしまったことが辛かった。無一郎の回想は、他とはまた違う哀しみが残る描写。どうか二人天国でゆっくり話をしてほしい。切実に思う。
過去の考察
ここからは過去の考察をピックアップ。この考察は原作204話時点、2020年5月13日に考えたもの。最終話目前で現代編について盛り上がっていた頃のものです。懐かしいのでご紹介します。過去の文章なので少しおかしいところがあるかも。そこはご愛敬。
現代編にて
鬼滅の刃、現代編での各キャラの職業を考えていた時のこと。ある一つの妄想にたどり着きました。「あの二人、現代編で一緒に仕事をしてそう」。現代編が続くかは微妙なところですが、職業を考えていると楽しい。もったいぶらずに言いましょう。あの二人とは炭治郎と無一郎です。
職業
そうです。みなさんご存じ、二人は炭焼き職人と木こりの家系だったということ。竈門家は炭焼き職人、時透家は木こりです。
私はずっと引っ掛かっているものがありました。あれはコミックス14巻。無一郎が父親を思い出した時、炭治郎と無一郎の父親が並んでいるコマがありました。父は炭治郎と同じ赤い目だったと無一郎は言っています。
同じ赤い目で、職業的につながりのあった竈門家と時透家。このあたりは本編で触れられるのかなと思っていたのですが、無一郎が早々にお亡くなりになったため、そこは特に触れられず。
ここは私の中でずっとモヤモヤしているものがありました。同じ赤い目だということは「日の呼吸」を使っていた血筋ということで何となくは理解していました。しかし職業的な繋がりについて一切触れないのは、どこか不完全燃焼だなと。
もちろん、次週以降でそんな話は出ないかもしれません。でも妄想くらいはさせてほしい。ということで、炭焼き職人と木こりの関係性について、いろいろ考えていきたいと思います。
炭焼き職人
まず調べてみたのは、炭焼き職人は現代にもいるのかということ。コメント欄で頂いた「炭治郎の末裔は現代でも炭を売っていそう」というもの。冗談かなと思っていましたが、実は現代にも炭焼き職人は存在しているとのこと。
炭焼き職人は正式に「製炭士」と呼ばれているそうで、和歌山などで作られる備長炭は今でもニーズがあるのだとか。私は専門家ではないので確かなことは言えませんが、炭焼きは結構難しい仕事で体力もいる仕事なんだそうです。
まず、いくつか調べてみた炭焼き職人の方は、自分で原木を伐採しに行くという方が多めでした。職人不足というのもあるとは思いますが、いい炭を作るために「原木を見極める力も身につけておく必要があるため」というのもあるのでしょう。
どちらかというと窯の前での仕事より、原木を集めるほうが大変な仕事で、そちらのほうが比率としては多いのだとか。原木を自分で伐採し運搬するのは、かなりの体力がいる仕事です。ここを無一郎の生まれ変わりが担っていたら。妄想が膨らんできませんか?
そして原木を炭にするのも、これまた大変な仕事。ある方の名言で「炭は100回焼けば100回とも違う」というものがありました。この言葉から、いかに炭焼きが大変な仕事かが分かります。
窯の出来具合や環境などで、炭の良しあしは決まってくるそうです。炭焼きは一度火を入れたら、最低10日間から長い時は2週間、火を絶やすことはできません。一級品の備長炭が出来上がるまでの過程を、プロは煙の匂いと味で見分けるのだとか。
匂いといえば炭治郎。炭治郎は炭の良しあしを見極められる鼻を持っている。炭焼き職人は炭治郎にとってまさに天職だったのかもしれません。
最初は甘酸っぱい香り、そして次にツンとくる刺激臭がくる。最後は無臭になり、それが炭が完成した合図なんだとか。窯の側で炭焼きに没頭するあまり、脱水症状で倒れる方もいるそうです。
なんだかこういった話を聞くと、炭治郎や炭十郎が担っていた炭焼きという仕事が、すごくかっこいいものに感じてきます。そしてお次は、木こりについても少しふれてみましょう。
木こり
今回触れていくのは、木こりといっても炭焼きに関する木こりです。備長炭の中でも有名な、紀州備長炭を例にあげてみましょう。
紀州備長炭の原料となるのは、ウバメガシという木です。この木は成長が遅く、岩場や水が少ない痩せた土地などの悪条件に強い植物です。傾斜がゆるく環境のいい場所では他の植物に負けてしまうため、他の植物が生えにくい急な傾斜の岩場や、水の少ない山頂付近に生息しています。そのため、伐採には大変な労力を必要とします。
ウバメガシの伐採にあたり、マムシにかまれたり、チェンソーやナタで手足にケガを負ったり。色々と苦労もあるそうです。他の木では代用が効かないらしく、どうしてもウバメガシでないとダメなんだとか。
火力が強く火持ちがいい。遠赤外線もたっぷりで、嫌な匂いもしない。紀州備長炭で焼いた魚や肉は、味が特別違うと言います。価格は普通の炭の五倍以上。茶室・料亭・ウナギ屋さんや焼き鳥屋さんなどの需要が高く、今でも注文は多いのだとか。
と、ここまで炭焼き職人と木こりについて見てきました。ここからは、現代の竈門家と時透家について、妄想していきましょう。
竈門家と時透家
まず最初に考えるべきは、二つの家系はどうなったのかということ。まずは竈門家について。炭治郎は最後まで生き残ることができましたので、戦争などで途中家がなくなっていなければ、竈門家は現代まで残っているでしょう。ヒノカミ神楽や耳飾りのこともありますし、ここは現代まで受け継がれていそうです。
では、時透家はどうか。時透家は残念ながら一家全員が亡くなってしまったため、現代に時透家は登場しないでしょう。だとしたら「無一郎の生まれ変わりが登場する」ということが考えられます。
おそらくですが、竈門家はそのまま竈門家での登場で、無一郎の生まれ変わりに関しては無一郎っぽい男性の登場で、一目で無一郎と気づきそうな姿での登場。そんな感じになりそう。
そして二人は炭焼き職人と、そこに木を供給する木こりだと。どうでしょう。みなさん妄想できましたか?無一郎の生まれ変わりは、バッサバッサとスマートに木を切っていく。そんな姿が妄想できます。
そして現代の竈門家の炭焼き職人は、炭治郎と同じく鼻が利き、超一流の製炭士になっている。二人が協力し、仲よく話をする姿が、私には想像できます。
まとめ的なもの
今回は、時透家と無一郎の過去について詳しく触れ、最後に過去の考察を持ってきました。過去の回想もちょこちょこ挟んでいきたいと思います。実はブログもあるので、文字で読みたい方は過去の考察も遡ってみてください。いいねとチャンネル登録をお願いします。共有ボタンもプッシュ。それではまた。