鬼滅の刃180話考察
みなさんこんにちわ、ここなです。
今回の記事は「180話考察・前編」についてです。
それではどうぞ♪
思い入れ
二人の死を伝える鴉。
それを聞く炭治郎と義勇。
炭治郎にとって、無一郎と玄弥は戦友であり友達です。
二人がいなくなった事を知り、さぞかし炭治郎は辛いことでしょう。
無一郎も玄弥も最初は炭治郎と仲良くありませんでしたが、刀鍛冶の里編で打ち解ける事ができました。
その後の柱稽古では無一郎に稽古をつけてもらい、玄弥には反復動作を教わりました。
そしてそこから二人が亡くなるまでに、それほど時間は経っていないように思えます。
杏寿郎が亡くなり、今回の戦いではしのぶが先に亡くなり。
そして今回の、無一郎と玄弥の死。
炭治郎は無惨を倒すという目的のため、走り続けなければなりません。
どれだけ辛くても、例え不完全な状態であったとしても。
ちなみに今回、炭治郎の包帯の下から痣が少し見えています。
猗窩座戦の後も、痣は発現しっぱなしという事です。
なので、もう元の傷跡に戻るという事はなく、今の痣の状態で固定されているという事でいいのでしょう。
これが何を示すのか。
悲鳴嶼さんや実弥も黒死牟を倒した後、痣が発現しっぱなしの状態でした。
これが寿命を表すものだとしたら…。
少し怖いところです。
そして、義勇の気持ちについてですが、義勇は無一郎や玄弥とそこまで関わりが無かったように思えます。
義勇にとっては、しのぶの時の報告の方が辛かったかもしれないですね。
不完全
今回明らかになった、千寿郎からの手紙の内容。
そこから分かったのは、ヒノカミ神楽は十三の型があり、炭治郎は十二までしか型を知らないという事です。
これを炭治郎は「不完全」だと言いました。
という事は、炭治郎はやはり、炭十郎に型を教わった時期があるという事なのでしょう。
そこで十二しか型を教わっていないという事。
炭十郎はあえて教えなかったのか、もしくは知らなかったのか。
そこも気になるところです。
そしてヒノカミ神楽の型についてですが、今のところ作中で炭治郎は、十二のヒノカミ神楽の型を出しています。
ただ「炎舞一閃」という技に関しては「炎舞」という技を改良したような技のようなので、正確には十一の型になるのかもしれません。
十三の型がどんなモノなのか、すごく気になりますよね。
私の予想では、いつか炭治郎が十三の型を使い、無惨を倒すのではないかと予想しています。
自信
千寿郎の手紙の内容についてですが、これは縁壱が無惨と対峙した時の事を、当時の炎柱に話したとされる内容です。
そこで出てきた、ヒノカミ神楽の型の数。
これがどういう繋がりを持つのか。
まずここまでくると、ヒノカミ神楽は日の呼吸で間違いないと言えそうですよね。
そして、炎柱も関係してくるという事は、ヒノカミ神楽と炎の呼吸にも、何かしらの関係性があったと言えそうです。
日の呼吸と炎の呼吸を掛け合わせたモノが、ヒノカミ神楽という事なのでしょうか?
十三の型には、その辺りも関係してきそうですよね。
そして、どうして炎柱はそれを聞いて自信をなくしてしまったのか。
やっぱりここにも十三の型が関係してくる?
ここで私の予想をしておきます。
炎柱
これは私の予想です。
実は当時の炎柱の呼吸は、ヒノカミ神楽だったのではないでしょうか。
呼び方は炎の呼吸だったとしても、ヒノカミ神楽に近い形だったと予想します。
炎とヒノカミという言葉からも、技の性質が近いのは確かです。
そして当時の炎柱は、ヒノカミ神楽の十二の型まで使用することができた。
しかし、十三の型だけは使えなかった。
それが、日の呼吸と炎の呼吸が分かれた理由なのではないでしょうか。
そうして自信をなくした炎柱は、独自の方向に炎の呼吸を変えていった。
何てことも考えられます。
なので、ヒノカミ神楽十三の型を使えるのは、縁壱だけだったという事なのかもしれません。
そして縁壱が炭吉に伝承する際も、十二までしか伝承できなかった。
なので竈門家には十二の型しか伝わらず、炭治郎は十二の型しか使えない。
私はこんな感じで予想をしておきます。
縁壱
もう一つ、千寿郎の手紙から気になる事がありました。
それは、縁壱が無惨と対峙した時、何があったのかという事です。
そこにヒノカミ神楽十三の型が関係してくるという事になるので、無惨と十三の型にも、何かしらの繋がりは出てくると思います。
十三の型でしか無惨を倒せない。
こんな感じでしょうか。
なので、十三の型を使えない当時の炎柱は、自信をなくしてしまった。
でもやっぱりここでも気になるのは、どうして縁壱は無惨を倒さなかったのかという事です。
ここについては、もう少し続報が欲しいところです。
炭治郎
もう少しヒノカミ神楽について考えてみます。
炭治郎の言葉で気になる部分がありました。
「俺は受け継ぐことができなかった者だった」
この言葉です。
「俺は」という言い方。
「受け継ぐことができた者もいる」ということですよね。
なので、縁壱から炭吉にヒノカミ神楽が伝わった際、十三の型まで受け継いだという可能性もあります。
そこから代々十三の型は伝承されていくものの「使える者と使えない者がいた」という事になるのではないでしょうか。
炭十郎は使えたとか、そういった感じです。
でもやっぱり炭治郎は主人公なので、千寿郎の言ったとおり、乗り越えてくれるものと思います。
まとめ的なもの
今回は、前半のヒノカミ神楽のあたりを考えてみました。
後半では、無惨様について考えてみましょう。
この無惨様、やばすぎないですか?
この人に勝てる人、いるのでしょうか…?
全然想像ができません。
それにビジュアルもイケてますよね。
完璧すぎる無惨様。
次回じっくり考えてみたいと思います。
それでは今回はこの辺りで♪