鬼滅の刃 鬼舞辻無惨

【鬼滅の刃】鬼舞辻無惨を全力で擁護する【きめつのやいば】

2022年4月28日

鬼滅の刃 鬼舞辻無惨様

大人気作品『鬼滅の刃』でラスボスを務めた鬼舞辻無惨は、癖の強い鬼達を数多く従え、1000年以上に渡って生きながらえてきた鬼の始祖です。

鬼殺隊の産屋敷輝哉のようなカリスマによる指揮ではなく、恐怖によって鬼を支配していた無惨。

その行動の数々には、怒りに身を任せた短絡的なものも目立っており、脳が5つある割には短慮な印象を受けます。

十二鬼月を集めた会合では度々癇癪を起こすなど、ファンからは「パワハラ会議」と揶揄される始末。

改めて無惨の活躍を振り返ってみると、人気作品のラスボスにしてはあまりに小物です。

さて今回は、そんな鬼の始祖・鬼舞辻無惨を…

いえ、無惨様を、敢えて全力で擁護する立場に立ってみたいと思います。

悪い点が多く指摘されている無惨様ですが、彼の行動の中には褒めるべき点もきっとあるはず。

というわけでここからは、全力の鬼舞辻無惨様礼賛をお送りします。

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また、この動画が見つかってしまった時に備えて、無惨様を褒め称えるコメントもお願いします。

では参ろう。

強い信念

無惨様の特徴的な点は、やはり強い信念です。

下等な種として人間を見下している無惨様。

しかし、そんな人間が簡単にやってのける「陽光の下で歩く」という行為は、無惨様が1000年以上をかけてなお解決しない無理難題です。

陽光を避け続ける日々は、無惨様にとっては屈辱的。

だからこそ無惨様は、自身でも研究を行いつつ、配下の鬼を用いて陽光を克服する術を探し続けました。

先ほど述べた通り、陽光を克服する試みには1000年以上の時間がかけられています。

この事実は裏を返せば、悠久の時を経てなお褪せることのない信念を抱いている、ということに他なりません。

一つの目的に向かって1000年以上ひた走ることが出来るという意味で、リーダーやボスに向いている人物ではあったように思われます。

生への執着

続いての無惨様礼賛ポイントは、生への強い執着です。

無惨様は、常に自身の生を最優先に行動することが出来る人物。

珠世の言葉を借りると、「生き汚い」キャラクターです。

そんな特徴が最も現れているのは、前述の「生き汚い」というセリフも生まれた、漫画『鬼滅の刃』21巻の第187話。

日の呼吸の使い手・継国縁壱と相対した無惨様は、即座に攻撃を開始します。

しかし、攻撃を当てるどころか、逆に身体を斬りつけられてしまった無惨様。

縁壱の振るう赫刀は、鬼の始祖に対しても効果抜群であり、無惨様の身体はなかなか再生しません。

生まれて初めての出来事に、無惨様は困惑する様子を見せます。

そしてその困惑は、耐え難い屈辱と怒りに変貌を遂げました。

激怒のあまり奥歯が砕けた直後、無惨様は1800もの肉塊へと分裂。

そのうち1500もの肉塊が縁壱によって切断されたものの、無事逃げおおすことに成功したのです。

プライドを固めて作ったかのような性格を持つ無惨様ですから、人間に手傷を負わされただけでも尋常でない怒りを抱いたはず。

ましてや、目の前の人間から尻尾を巻いて逃げるなど、有り得ない程の屈辱を伴ったことでしょう。

しかし無惨様は、何よりも生に執着を持っています。

不変を嫌う無惨様にとって、死は最大にして最後の変化。

自身が生き残る為であれば、同族の珠世や目の前の人間・縁壱に恥を晒しても構わない…

そう即座に判断した点で、無惨様の決断力は褒められるべきものでしょう。

事実として無惨様が、怒りに我を忘れて戦いを続けていれば、鬼は滅んでいたはずです。

顔が赤黒く膨れる程の怒りを抱きつつも、冷静な判断力でその場を離れ、縁壱が寿命を迎えるまで表舞台に現れなかった無惨様。

汚らしいまでの生への執着と迅速な判断能力には、流石の一言に尽きます。

1000年の時を生き残った

ある時は良き夫として、またある時は名家の聡明な子供として。

無惨様は、その完璧なまでの擬態能力を駆使し、1000年以上にわたって人間世界を生き残ってきました。

1000年前と言えば平安時代の中期頃であり、言うまでもなく文明が未発達な時代です。

そんな時代から日本の闇の中で生き続けた無惨様は、文字通り歴史の生き証人。

長きに渡って人間に敵対し続け、「陽光の下を歩く」という目標に向かって奔走した事実は、褒められて然るべきでしょう。

また、悠久の時を生きる上で、継国縁壱戦ほどではないにしても、ピンチな場面は幾度となくあったはずです。

そんな局面をことごとく乗り越え、大正時代まで生き残ったという意味で、無惨様の生き抜く力には鬼気迫る物を感じます。

無惨様は、擬態によって人間世界に溶け込む日々を、長く過ごしてきました。

そんな日々の中には、言うまでもなく様々な出会いがあったはずです。

しかし、それでも人間を見下し続け、驕り続けた無惨様は、天性の悪役。

鬼に変貌してしまうという数奇な運命も含め、人類の敵としての才能はピカイチだったようです。

ところで、1000年もの時を生きれば、ほとんどの外的な刺激を経験し尽くし、怒りや屈辱などの激情が失われていくようにも思われます。

そんな中で度々癇癪を起こすなどの、豊かな感情を残し続けていた無惨様には、舌を巻くばかりです。

敗北を認める

続いての礼賛ポイントは、意外な素直さです。

高すぎるプライドを持ち、常に自身が正しいという考えの持ち主だった無惨様。

下弦の鬼を招集して行われた所謂「パワハラ会議」では、自身の言葉を否定した部下を殺害している様子も描かれていました。

さて、そんな無惨様が意外な素直さを見せたのが、『鬼滅の刃』23巻の第201話です。

無惨様は、炭治郎や柱を筆頭とする鬼殺隊士達によって、遂に敗北へと追い込まれました。

今際の際で涙を流した無惨様。

そしてなんと、かつて産屋敷輝哉が述べた「想いこそが永遠であり不滅」という言葉を「正しかった」と認めたのです。

無惨様が他者の意見を聞き入れるなど、異例中の異例。

「想い」の強さを身をもって思い知り、その強さによって打ち負かされたと認めた無惨様。

最後まで改心せず死んでいく敵キャラクターが多い中、無惨様のこの素直さには驚かされたファンも、少なくないのではないでしょうか。

そして無惨様は、「私の想いもまた不滅なのだ」という思考に達し、竈門炭治郎に想いの全てを託しました。

この一連のシーンを端的にまとめると、敵の戦法によって自身が打ち負かされたことを認め、自身も敵の戦法を真似た、ということです。

無惨様に圧倒的に欠如していた感情は、謙虚さ。

最後の最後で1%の謙虚さが芽生えた無惨様でしたが、もっと早く相手の強さを認めていれば、更に厄介なラスボスになっていたかもしれません。

炭治郎を助けてくれた

続いての礼賛ポイントは、主人公・竈門炭治郎を助けてくれたという点です。

上述した通り無惨様は、「想い」こそが不滅であることを認めたと共に、その「想い」が集積した鬼殺隊士らによって打ち負かされた事実も認めました。

そして自身の「想い」も不滅であることを信じ、陽光を克服した鬼・竈門禰豆子の兄である炭治郎に、全ての血と力を注ぎ込んだのです。

この行為の目的は、自身の「想い」を後世に継ぐことで、永遠を得るためのもの。

独りよがりに他ならない行動ですが、結果に目を向けると、主人公である竈門炭治郎の命を救っています。

もし敗北した無惨様が考えを改めず死んでいれば、炭治郎の復活は有り得ませんでした。

多数の死者を出した無限城決戦編でしたが、作品としてハッピーエンドに近い終わり方を迎えることが出来たのは、無惨様の改心のおかげだと言っても過言ではありません。

精力的なスカウト活動

最後にご紹介する無惨様礼賛ポイントは、精力的なスカウト活動です。

今でこそ、猗窩座を筆頭に上弦の鬼たちが行っているスカウトですが、その上弦の鬼たちを鬼にしたのは、他でもない鬼舞辻無惨様。

特に上弦の壱・黒死牟は、痣の代償によって寿命が迫っていた折に。

上弦の参・猗窩座は、自身を救ってくれた師と最愛の人を亡くして打ちひしがれていた折にスカウトされましたから、ある意味命を救われたと言っても過言ではありません。

『鬼滅の刃』の人気キャラクターを作り上げたという意味で、無惨様の精力的なスカウト活動も褒められて然るべき行動です。

まとめ的なもの

以上、鬼の始祖・鬼舞辻無惨様をひたすら礼賛する、という内容でお送りしましたが、いかがでしたか?

黒死牟や童磨、猗窩座などの人気な鬼を生み出したうえ、ネタキャラクターとしていじられ役もこなしてみせた無惨様。

そのうえ作品最終盤では、主人公・竈門炭治郎を生き返らせるなど、無惨様が『鬼滅の刃』にもたらした貢献は計り知れません。

これまでの自己中心的な言動を見ると、無能さが際立っていた無惨様でしたが、視点を変えると、かなり優秀な人物であったことがおわかり頂けたはずです。

とはいえ、絶対に上司にしたくない、というのが本音のところではあります…。

今回の記事は以上となります。

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それではまた♪

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